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末続:
運命を自分の手で
切り拓く

2015年5月1日現在

面積
人口

人口密度

. . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 7.4 km²
. . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .  200人強、約100世帯(推定)
(2011年3月時点で479人、127世帯)

. . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 27人/km²

人口32万5千人の中核都市であるいわき市は、13地区からなり、市の中には久之浜町にある末続のような小さな集落も含む。その緑豊かな山々と、豊かな土地は、静かな田舎暮らしをするのにぴったりで、リタイア組にも人気のある場所だ。海に面した末続地区は、2011年3月11日、津波の大きな被害を受けた。
原子力発電所事故発生直後から、仁志田市長以下の市役所チームが先頭にたって対策をうった伊達市とは異なり、末続の住民たちは、運命を自分たちの手で切り拓いた。その出発点となったのは、いわき市の住人である安東量子と土建業兼農家である遠藤眞也の出会いだった。ふたりは、2011年3月の災害がなければ出会うことはなかっただろう。それぞれスタイルは違うものの、安東と遠藤のやり方は、人と人が力を合わせ、そして、それぞれが自発的に取り組みを始めるという人間の能力を、よく具現化している。そう、外部からの助けを辛抱強く待つのではなく、自分たちの暮らしを再び取り戻すために。
メディアが福島第一原子力発電所の事故を伝えた時、安東量子と遠藤眞也は、すぐに、自分たちの間近で何か恐ろしいことが起こっていると感じた。そして状況を知り、脅威がどの程度なのかを把握するための情報収集を開始した。末続では、すぐに人々は避難させられたのだが、一部の住民は戻り、互いの自助の取り組みを通じて、自分たちの暮らしを取り戻そうと決めた。

「皆が皆そのこの測定値を見て安心するためにやってるわけでもないんですね、とにかく自分の測定値を元にどう考えるかっていうようなことを話してもらうことが大切で、結論よりも話をしてお互い何を考えてるかとにかく話すこと。」

— 末続地区の住民

迷路から抜け出すための苦闘

原子力発電所の事故直後、生活は疑問だらけになった。放射能とは何か? 短期、あるいは長期的に、健康にどんな影響を与えるのか? どうやって検出できるのか? 測定器はどこで購入できるのか? 測定値はなにを意味するのか? どうやって汚染を取り除くのか? 何を食べてよいのか、そして何を避けた方がよいのか? 安東は、必死でウェブを検索し、その答え、あるいは少なくとも決定をくだすためのヒントを探した。ソーシャルメディアを通じて、安東は、専門家から発信される情報や案内を入手することができた。また、ICRPとICRP Publication 111についても知るようになり、そこからETHOSプロジェクトの一環として、ベラルーシで行われた取組みにたどり着いた。これは、チェルノブイリ原子力発電所の事故後、国内外の放射線防護専門家が共同で、汚染された地域に住む住民と密接に連携して行った取組みである。安東は、事故後の状況管理の重要な点として、放射能汚染に影響を受けた地域の人々の尊厳に重きをおいていることに感銘を受けた。このやり方に大きな関心を持った安東は、ジャック・ロシャール氏や丹羽太貫氏といったICRPの専門家に連絡を取った。彼らは、福島県内の住民と放射線防護の専門家の理解を深め、意見を交換するために、2011年秋に第1回ダイアログセミナーを立ち上げていた。

市民主体のリーダーシップの登場

末続の物語は、日常的に放射線を測定し、住民と専門家が継続的に集まりをもって、放射能影響地域での暮らしに関する気がかりを話し合う、その結果がもたらす成果の好例である。そして、自分自身で決定する力を回復しようと決意した人々の、長い苦闘の道のりの縮図でもある。
市の担当課から借りた専用機器を使って、遠藤眞也と住民たちは、手順通り規則的に自宅敷地や周辺を測り、そして同じように、集落のすべての田を一枚ずつ、家屋を一軒ずつ、測定していった。専門家のように、彼らは末続のいたるところの線量がわかる詳細な地図を作製した。これによって、自分の住む場所の放射線状況を正確に理解することができるようになった。そして、彼らは、この地図を地域の仲間とも共有したのだった。

やがて、個人線量計が導入され、測定したデータを元に、放射線科医の宮崎真や、放射線防護の専門家ジャック・ロシャールらと、結果についての話し合いがもたれた。同時に、地域社会を巻き込む取組も進めた。

ついで、ホール・ボディ・カウンターを使って内部被曝も定期的に測定されるようになり、誰もが自分たちの放射線状況の全体像を知ることができるようになった。また漸次、末続には外部被曝を測定するための装置、Dシャトルも導入され、やがて、食品測定機も設置されることとなった。

「本当の安心の為には自分なりの「放射線のものさし」
作ることが重要。」
— 安東量子

末続の取組みは、得られた一連のデータを共有するために話し合いを行いながら、地区の支援相談員として門馬麻衣子が着任することで、ひとつのまとまった形となった。門馬は、元々は、原発事故の後に自分自身の必要のために知識を身につけたが、今、それを地域の人たちと分けあい、さらに勉強し続けている。

数年がかりの、こうした相互自助の取組みによって、人々はゆっくりと自分たちの日々の暮らしを回復し、尊厳を取り戻すことができた。そうすると、今度は、地域社会の中の雰囲気にも変化が起きた。これが示されたいわき市で開催された第7回ダイアログセミナーでは、人間性というものの素晴らしさ、そして、あたたかなユーモアが会場に広がったのだった。人々の目は、津波と環境汚染によってできた巨大な傷跡ではなく、再び未来に向けられたのだった。
現在、地域社会の未来をつくることに焦点は絞られている。これが意味するのは、残った人たちと離れた人たち、特に若い世代との繋がりを再び作ることだ。若者が末続にいないことは、地区の未来を作ることを困難にする。「すえつぎだより」は、この繋がりを作ることを目的のひとつとして発行されている。そこには、外部被曝、内部被曝、それから、食品などの測定スケジュールと結果の解説、除染作業の進捗状況、防潮堤工事の進行状況、祭りの再開、家庭料理といった情報が掲載され、配布されている。この情報誌は、地域社会の内と外の絆を強くし、共同の取組みを促す助けとなっている。
またもう一方で、末続の人たちの行った経験は、福島県内の他の地域の人々と共有され、日本の国境を越えてその成果への認識が高まっている。2014年に日本政府の一部の役人は、末続の取組みに興味を持ち、地域の人たちが行ったことについて教えてくれるよう頼んできた。この動きは、福島県の一部の地域で行われた、生活の質を向上することが明らかとなった経験に対して、政府が関心を寄せた明確な徴候である。

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引き裂かれた町の傷跡

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率先して行動するリーダーたち